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名古屋地方裁判所 昭和42年(行ウ)30号 判決 1969年4月25日

原告 永瀬栄

被告 名古屋東税務署長

訴訟代理人 飛沢隆志 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

(原告)

「一、被告が昭和四一年七月二〇日付で原告に対しなした名吉屋東税務署第九九五号昭和三九年分所得税更正決定処分並びに過少申告加算税賦課決定処分を取消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

主文同旨の判決

第二、当事者双方の主張

(原告の請求原因)

一、原告は昭和四〇年三月八日原告の昭和三九年度の所得税について所得金額(譲渡所得金額)二、五一四、八五七円、所得税額六〇六、〇五〇円とする確定申告書を被告に提出したところ、被告は昭和四一年七月二〇日付で右所得金額を三、九五一、九二八円、所得税額を一、一七五、七六〇円とする更正処分及び過少申告加算税二八、四五〇円の賦課決定(以下両者を合せて「本件更正処分」という。)をした。そこで原告は所定の期間内に所定の手続を経て被告に対し異議の申立をし、また名古屋国税局長に対し審査請求をしたが、昭和四二年三月二七日右審査請求を棄却する旨の裁決がなされ、その裁決書謄本がその頃原告に送達された。

二、被告は本件更正処分において国税に関する特別措置を定めた租税特別措置法(以下措置法と略称する)第三五条の適用を誤つている。

即ち原告は昭和三九年五月訴外松土幸雄より名古屋市千種区高見町一丁目一二番地宅地七一坪七合二勺及び同地上の建物(以下買換資産と略称する)を金九、八〇〇、〇〇〇円で購入し(但しその取得経費は七二三、五六〇円であり、合計取得価額は一〇、五二三、五六〇円となる)、他方昭和三九年九月原告所有の名古屋市東区葵町一五番地の一宅地一〇三坪八合(以下譲渡資産と略称する)を訴外山崎圭一郎に金一七、〇〇〇、〇〇〇円で売却した。

右各売買は措置法第三五条の適用を受ける事案であつたので、原告は前記確定申告の際、同条第三項の各要件を充足し、同条項の適用を受けようとする旨及び収入金額、土地等の明細、取得価額その他大蔵省令で定める事項をいずれも記載して申告した。

ただその際原告は譲渡資産の譲渡価額を一四、〇〇〇、〇〇〇円とし、買換資産の取得価額を七、九二三、五六〇円(但しうち七二三、五六〇円は取得経費である。以下取得価額は取得経費を含むものとする)と圧縮記載して申請したところ、被告は右譲渡価額を一七、〇〇〇、〇〇〇円と更正し買換資産の取得価額については原告の申請額に拘束されるものとして真実の取得額に更正しなかつたため、措置法第三五条第一項の規定によつて譲渡所得の収入金額とみなす金額は九、〇七六、四四〇円を増大し、結局原告は前記第一項のように違法な更正処分を受けるに至つた。

よつて本件更正処分の取消を求める。

(被告の答弁)

請求原因事実は、被告が措置法第三五条の適用を誤り違法な更正処分をしたとの点を除き、すべて認める。

(被告の主張)

一、被告は原告の主張するような申請があつたので本件譲渡資産の譲渡価額について調査したところ、その譲渡価額は一七、〇〇〇、〇〇〇円であると認められた。

そこで別紙表のような計算に基づき本件更正処分をした。

二、右更正処分にあたり被告が買換資産の取得価額を原告の当初の申告どおり七、九二三、五六〇円に留めた理由は次のとおりである。

即ち本件特例はその該当する資産の譲渡者の所得税額を軽減するため政策的見地から設けられた所得税に関する特別規定であり、本件特例の手続要件を規定している措置法第三五条第三項の文理に照してみても、本件特例が適用されるのは、納税者においてこれが適用をうける意思を表明しかつこれが特例の適用を受けるために必要な事項を申告書に記載した場合に限られるのであり、本件特例所定の事実があるからといつて当然にその適用を受けられるものではないとみるべきである。ところで原告は本件特例の適用を受けるにあたり、買換資産の取得価額を圧縮した確定申告書を被告に提出したものであるから、その圧縮された部分二、六〇〇、〇〇〇円については本件特例の適用要件である申告書の記載(同法第三五条第三項)を欠くものでありかつ原告自身がその申告した取得価額に基づいて本件特例の適用を受ける旨の意思を明らかにしたものである。

従つてこのような場合における本件特例の適用は、あくまでその申告された取得価額により適用されるべきであつて、その後において取得価額の記載が誤つていたとしても、この誤つている部分については本件特例の適用は認められないものというべきである。

(原告の反論)

一、本件特例の適用を受けるための要件の申出は、納税者自身が一定の方式で租税債務の内容を具体的に確定しこれを税務官庁に通知する税法上のいわゆる「申告」とは異なり、一定の国家の政策をふまえて一定の税額の軽減をはかる措置を求める行為であるから、租税債務の具体的内容(税額)を確定せしめるには、右申出に対し税務署長がこれを承認する積極的な行為が必要であると解すべきである。このことは本件特例計算を受ける要件の申出につき、法律や規則がこれを「申告」という表現をとらず、例えば措置法第三五条第二項が「納税地の所轄税務署長の承認を受けたとき」という表現を用いていること及び同法施行規則第一七条第一項が「………その取得価額の見積額その他の明細を記載した申請書を………に規定する確定申告書の提出の日までに………提出しなければならない」旨規定していること等からも窺知することができる。右のように本件特例を受けようとする申請は、税法上の「申告」とはおよそ法律上の性格を異にし、右申出自体によつて租税債務を具体的に確定するものではないので、本件のように買換資産の現実の取得価額と申請の価額が食い違う場合には、民法上の錯誤の規定を適用し、真実の取得価額に従つて課税すべきである。

二、また仮に本申請の性質が申告類似のものであるとしても、本件は、その錯誤が客観的に重大且つ明白であつて、所得税法の定めた過誤、是正以外の方法による是正を許さないとすれば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特別の事情がある場合に該当する。

三、本件の如く譲渡資産の譲渡価額及び買換資産の取得価額の双方を圧縮して申請した場合に、措置法第三五条第一項の規定によつて譲渡所得の収入金額とみなされる金額は六、〇七六、四四〇円であるが、他方右各資産の真実の譲渡価額(一七、〇〇〇、〇〇〇円)及び取得価額(一〇、五二三、五六〇円)に従つて算定しても同条項によつて譲渡所得の収入金額とみなされる金額は、六、四七六、四四〇円であって、おおむね右申請の額(六、〇七六、四四〇円)に見合うのに、本件のように、被告が譲渡資産の譲渡価額についてのみ一方的に調査更正し、買換資産の取得価額についてはその申請額に拘束されるとして七、九二三、五六〇円の限度で計算するというのは、税額が著しく過大となり課税者側に格段に有利となつて納税者の不利益が甚だしい。従つて譲渡資産の譲渡価額のみ圧縮記載して申請した場合であるならば格別、本件のように右各資産につき譲渡、取得双方の価額を圧縮記載して申請した場合には、譲渡、取得両価額が相関関係にあることを考え、双方の数額につき調査を遂げその調査した結果に従つて更正し納税者側の不利益を少なくするのが本件特例の正しい適用である。税務官庁に都合のよいように譲渡資産の譲渡価額のみ調査更正し、多額の更正決定額を賦課するといつた安易な取扱いは許さるべきではない。

(被告の反論)

一、本件特例の適用を受けようとする場合には、措置法第三五条第三項所定の事項を確定申告書等に記載しなければならない。

(一) ところで本件特例(措置法第三五条第一項)の適用を受けようとする旨の記載に対しては、措置法第三五条第二項及び同法施行規則第一七条第一項による申請の場合に反し、当該税務署長の承認等の行為は何ら必要でない。

(二) また措置法第三五条第二項及び同法施行規則第一七条第一項の規定は、本件特例のように資産を譲渡した年の一二月三一日までに買換資産が取得されなかつた場合でも、翌年の所定期間内に買換資産を取得する見込みのある者に対し、あらかじめその取得見込みの買換資産の取得価額の見積額等を記載した申請書を所轄税務署に提出させ、当該税務署長の承認を受けることによつてその承認を受けた取得価額の見積額を買換資産の取得価額として本件特例を適用することができるものとした特別の規定であつて、本件特例適用の手続を定めた規定ではない。

従つて前記所定の事項を確定申告書等に記載しこれを税務官庁に提出する行為の法律的性格は、原告のいう申請ではなく税法上の「申告」行為にあたるものとみるべきである。

二、錯誤とは表示の内容と内心の意思とが一致しないことを表意者自身が知らない場合であるが、本件では、原告が所得税の逋脱の目的で本件譲渡資産及び買換資産の各売買価額を低額に仮装し、その仮装した価額を原告の内心の意思どおり本件譲渡資産の譲渡価額(一四、〇〇〇、〇〇〇円)及び買換資産の取得価額(七、九二三、五六〇円)として確定申告書に記載し申告したものであつて、錯誤ではない。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、請求原因事実については、当事者間に争いがない(但し被告が措置法第三五条の適用を誤り、違法な更正処分をしたとの点を除く)。

二、そこで本事案において、被告が買換資産の取得価額を、原告の当初の申告どおり金七、九二三、五六〇円に留め、措置法第三五条を適用した処分の当否を検討する。

税務署長は所得税の申告を受けたときは、課税標準等又は税額の計算において違法、不当と思料したときは、それについて調査すべきである。

右調査は申告者に利、不利にかかわらないわけであるが、申告納税制度の下においては、申告者は自己に不利に申告しないのが人情の常であるから、右調査においては申告者の所得額は申告した額を下らないものと一応信を措かるべく、ここに申告納税制度の妙味があると云わねばならない。

又租税特別措置法第三五条によれば、同法条の適用を受けるためには申告者は所定事項を確定申告書に記載しなければその適用を受けることができない。

なお右法条の適用を受ける場合における申請についても、税務署長において課税のため必ず決定を要するものでないから、申告納税制度の申告を外れるものでない。

そこで本件について考えるに、

本件は被告において更正決定をしているから、その決定に当つては、右法条の適用を受けるための記載事項につき調査すべき必要があつたものと云わねばならない。

しかるところ被告は、原告は取得価額については、確定申告書に記載した価額に拘束されると主張するから案ずるに、右三五条の適用を受けるための所定事項記載の要求は、右取得価額の価額そのものに申告者が拘束を受けるものとはにわかに断定し難い。ただ取得価額なるものは収入のための経費に似たところがあり、過誤によらない限りは、申告者において自己に不利に実際の取得価額より低額に記載することは通常あり得ないから、本件において被告が原告の記載した取得価額について深く調査をしなかつたとしても、被告が責を果していないとは云えず、しかも原告の記載した右取得価額は経費を含めて実際の取得価額より二、六〇〇、〇〇〇円低額であるが、右記載した取得価額が買換資産の時価より著しく低額であつたとも認められない。したがつて本件更正決定は、譲渡価額については、原告の記載した一四、〇〇〇、〇〇〇円を実際価額一七、〇〇〇、〇〇〇円と更正したに拘らず、他方取得価額については、原告の記載した経費含めの七、九二三、五六〇円を、実際価額である経費含めの一〇、五二三、五六〇円と更正せずにそのままとした計算に基いて更正決定した点において真実に副わない課税であるが、取得価額についてなさるべき調査が叙上説示の通りでありかつ右記載の取得価額が時価より著しい低額でない以上は、原告が何らかの意図にて右のごとき圧縮した額を記載しながらその取得価額が低額であるとして本件更正決定の違法を主張することは許されないものと解する。

なお原告は本件のように買換資産の現実の取得価額と申請の価額が食い違う場合には、民法上の錯誤の規定を適用し真実の取得価額に従つて課税すべきである旨主張するが、原告の右主張の採用できないこと前同断である。

そうだとすれば被告が本件において譲渡資産の譲渡価額について真実は一四、〇〇〇、〇〇〇円ではなく一七、〇〇〇、〇〇〇円であるとしてその旨更正し、他方買換資産の取得価額については原告の申告額七、九二三、五六〇円に従い、結局右両価額を基にして措置法第三五条を適用した処分は相当であるといわなければならない。

三、よつて本件更正処分は適法であり、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川力一 片山欽司 豊永格)

(別表省略)

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